ちぃの防災ラボ

もしもに備えて妄想と勝手に研究しているブログ

新型コロナウイルスに翻弄される日々。私の目に映る東京の姿。

WHOのパンデミック宣言から1週間以上が過ぎ、イタリアの死亡者数が中国を超えてしまった。世界が「これは戦争だ」と恐れおののいているなか、日本は3連休に突入。私がこの目で見た東京の姿を記録しておこうと思う。

2020年3月20日

3連休初日。皮肉なくらいに良いお天気。温暖な気候の影響で記録的な速さで桜が咲いた。某ホテルの庭園の桜を見にでかけた。そこまでの交通手段は徒歩。住宅街の道には、ふつうに人々が行き交っていて、閑散とした様子はない。もちろんマスク率は高いけど。桜並木が続く川の散策路も、のんびりと2~3部咲きの桜を楽しむ家族連れやお年寄りの姿が見られ、のどかな空気が流れていた。ホテルの庭園では結婚式の花嫁花婿の姿も見かけたし、散策を楽しむ人もそこそこいた。なんだかホッとする。あたりまえの光景が楽園に感じる。日本人にとって、桜は特別なもの。最高の癒しであり、免疫力向上につながっているはず。しかし一方で、世界各所の徹底した外出禁止令の現状と日本の平和な光景のギャップに戸惑いも感じた。帰りはホテルの無料送迎バスが街まで出ていたので、乗ってみた。車内は窓を開けて換気をしてくれていた。暖かくてよかった。散策時にはマスクをしていなかった私も、バスに乗るときにはマスクをつけて、なるべく手すりや椅子に手をかけないように座席に腰掛けると、やがてバスは走り出し、車内に心地よい風が吹き渡った。花粉症の人にはお気の毒だが、今は換気が優先だ。

繁華街に着いた。東京の中でも人の混雑が激しい大きなターミナル駅だ。人気のラーメン屋には、いつもと変わらぬ行列ができていた。デパ地下の人気和菓子屋も、お彼岸のおはぎを買い求める人の列ができていた。いつもの連休の人出よりかは、少ないものの、決して異常なほど閑散としているわけではなかった。いま、世界中がコロナウイルスと闘い、ヨーロッパの都市部では、ゴーストタウン化している現状と比べると、あれは夢なのかと思ってしなうような、平和な光景が広がっている。

話はさかのぼるが、先週も、この街を訪れていた。その時は午前中は確かにデパートは人が全然いなくて、「大丈夫???やばくない??」と危機感を覚えたのだが、午後になると若者がたくさん湧いてきた。人気のカフェには行列もできていて、我が目を疑ったほどだ。午前中のゴーストタウン化は、若者の活動開始時間が遅めだっただけのようだ。その頃の街中の年齢層は圧倒的に若く、お年寄りの姿はほとんど見当たらなかったように思う。街が若者に占領されているかんじだった。

しかし、それから1週間後の同じ街の様子は違っていた。年齢層も上がってきたように(いつもと変わらぬように)感じた。コロナ騒動に慣れてしまったのか、それとも、正しく恐れて正しく防止しながら外出する人が増えたのか。この状況を見て、「日本は甘い!危機感がなさすぎる!」と声をあげる人もいるだろうし、健康で免疫力の高い若者がコロナウイルスの免疫をつくるためには必要なことだと考える人もいるだろう。、この状態がよいのか悪いのか、今はまだ誰もわからない。

その日の夕方のニュースでは、ヘリ上空から東京の観光地や街の閑散とした様子を伝えていた。その中には、私が見た景色も入っていた。「閑散?」私にはそう映らなかった。確かに「いつもよりは全然少ないかもしれない」というだけで、人気店は人気なまま。濃厚接触なんじゃないの?と見ているこっちが心配してしまうほど、人々はいつも通りに過ごしている。これまでの休日は人気店に入れなかった人が、他の店へ流れていただけということか。しかし人出は激減していることは確かなので、お店による格差が激しい。本当に人がいないお店も沢山ある。厳しい現実があることは間違いない。

ところでホテルの倒産の話もニュースになった。旅行に行くつもりはないが、行きたいけどいつも予約で埋まっている宿の空室状況を試しに調べてみた。やっぱり予約は埋まっていた。考えてみれば、車移動で、露天風呂付お部屋で、部屋食だったら、感染リスクは少なそうだし、宿にしても大した打撃はないように思ってしまう。同じ業界でも、どこもかしこも打撃を受けているとは限らない。いろんなところで格差が発生しているだろう。メディアの報道は、いつも通りの姿など取り上げても面白くないだろうから、変わらないことは報道しない。だから自分がこの目で見て感じた光景と、メディアが報じる光景には、少し違いを感じてしまうことがある。そして同じ現状を目にしても、人によって感じ方も様々だと感じる。よく例えに使われるのが、コップに水が半分入っているのを見て「まだこんなに水が残っている」と感じる人と、「もうこれだけしか水が残っていない」と感じる人がいるように、この現状をどう感じるかは、人によっても、そして伝える人が何を感じたかによっても違ってきてしまう。

2020年3月21日

そして連休2日目。朝10時前に近所を歩いた。遠目にドラッグストアが見えてきた。

「え???何あの行列。まさか、トイレットペーパー?まだあんなに並んでいるの???」数十名が開店前のドラッグストアに列をなしていた。

デマによってトイレットペーパーが店から消える騒動から20日ぐらいたっただろうか。まだこんな状態だ。「あれはデマです!在庫はいっぱいあるから大丈夫です!」って言ったじゃないか。なのにまだ店頭に並ばないじゃないか。そろそろ私だって買いたいぞ。たった1つのデマが人々をパニックにさせ、嘘が本当のことになってしまうという恐ろしさ。だいたい平日の朝も開店前から行列になっているという噂は聞いていたが、そもそも働いている私たちは、その列に加わることはできない。働いて税金を納めて、お国のために尽くしている私たちにトイレットペーパーの枠はないのか?(追記:並んでいる理由は、マスクらしい)

さて、もちろんその列には並ばない。列を横目にドラッグストアはスルーして、スーパーへ食糧を買いに行った。とはいえ、日用品コーナーはやっぱりのぞいてしまう。しかし、やはりペーパー類の棚はすっからかん。

「あれ??マスクを並べている!!!」箱ではなく10枚程度の小さなパックだが、今、目の前でマスクを並べているではないか。これってすごいことなの??私、すごい瞬間にいる?開店から1時間が経過しているそのスーパーで、マスクの入荷に遭遇した人は5人ほど。

「一番安いのどれ?」「ほかに種類はないの?」と買い求める客の質問に答える店員の声が疲れている。マスクの周りには熟年の先輩方が群がっていたが、私はそのマスクは買わなかった。私は間に合っているし。家族も職場の隣の人も足りているし。ここはグッと

我慢だ!

スーパーを出て、やたらと静かなドラッグストアに立ち寄った。店頭のトイレットペーパーの棚はガラガラなので、店内もガラガラ。そこで必要な物を手にレジへ向かった。目の前の老女が、静かな声で「それちょうだい」と店員に言った。すると目の前にトイレットペーパーが現れたではないか。いったい私の目の前で何が起きている?予約品か?闇市か?いやいや、どうやらレジの下にトイレットペーパーとティッシュを置いておき、他の買い物をしてくれた人だけが、お会計の時に、それを発見できるという素晴らしい?システム。今まさに目の前で、人に知られることなく、いたって静かにトイレットペーパーの取引がされていた。そして自分のレジの番がきて、一瞬悩んだが、私は購入しなかった。レジの人がすごく不機嫌だったせいもある。コロナ疲れだろうか。もし、私の目の前でトイレットペーパーを手に入れた老女と店員のやりとりが、すごく和やかなものだったら、私もつられて買っていたかもしれないが、店員のうんざりした姿を見たら、「このトイレットペーパーパニックに乗っかってはいけない!」という理性が働いてしまった。「そうだ、私はまだ足りている。今はまだやめておこう。」と購入を見送った自分の決断が、果たして正しかったのか、後でものすごーく後悔するのか、まだわからない。そして誰にもわからない。トイレットペーパーを使うことよりも、トイレットペーパーなしで(節約して)過ごす方法を考えながら、悶々と帰路についた。

家に着くと、まず玄関で手指をアルコール消毒。そして部屋に入ると衣服を脱ぎ洗濯機へ。窓を開けて換気扇もつけ、部屋の空気を入れ替える。仕事帰りだとここでお風呂も入ってしまうところだが、今回は手洗いとうがいだけで済ます。あ、最近は顔も軽く洗ってるな。(マスクをしているので、最近はほぼノーメークで過ごしている)気になる時は、ドアノブもスプレーで消毒する。そしてマスクをゴミ箱へ。(ホントはマスクも密封しなくちゃなんだよね)と、これがルーチンになりつつある。

消毒液は足りている。東京は人口が多いので、品不足も深刻、争奪戦も深刻と思いがちだろうが、東京には幸い店がいっぱいある。ありすぎだろ!というほどある。そんな中で入荷のタイミングに出会えるかどうかは、運は確かにあるが、お店が多い分、チャンスも沢山あることになる。なので私は幸いにも並んだことがない。ただ歩くことが好きので行動範囲が広い。こまめにいろんなお店を意識して、のぞいていたら、怖いくらいスンナリ手に入ってきた。並ぶより大事なのはタイミングだと感じることは多かった。個人的に思うことは「人と同じことをしていてはダメ」ということ。そして日ごろから備えることはとても大事だとあらめて思った。例えば防災用に手ピカジェルが欲しいとずっと思っていたが購入は先延ばしにしていた。そんな矢先に、コロナウイルスのニュースが飛び込んできて、速攻で買い行くことができたし、その頃はまだ難なく手に入った。この行動がとれたのは日ごろから備えに必要な物を調べていたおかげだ。決して無駄ではなかった。既に持っていましたと言えなかったのは、反省すべきだが。一般の人が知る前に知っておく。そして、いち早く情報をキャッチし、予測し、自分の頭で考えて行動する。ということをこれからも心掛けていきたい。情報はたくさんあふれている。しかし間違った情報もあふれている。自分が得た情報だって、あやしいし、うっかりデマにのっかてしまうことだってゼロではない。しかし自分で調べてある程度の知識をつけるとTVを見ていて専門家が言っていることに「いやいやいや、それちがうでしょ」という生意気にも自分の意見を持つことができる。そんな風に否定できることを楽しんでいることもある。これからもアグレッシブに好奇心を持って調べていくぞ!

さて、これから日本は、世界は、どこへ向かっていくのだろうか。どういう結末を迎えるのだろうか。私のこの記録も、まだ平和ボケしている記録になるのだろうか。どうか家族が、日本が、世界が平和でありますように。


追記:

22日の三連休最終日

暑い...

トイレットペーパーもティッシュペーパーも大量入荷していた。

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